(R18/獣姦/人外攻め/幼馴染/自慰)「人狼」

「人狼」

キキキーッッッ!!
悲鳴のようなブレーキ音が、朝靄のかかった色のない田んぼ一面に響いた。
自転車に跨ったまま学ラン姿の少年は、赤いチェックのマフラーに口元を埋め、切れ長の澄んだ目を目の前の民家にじっと向けていた。
家の中から慌ただしい足音が聞こえると、引き戸から同じ学生服と同じような赤いチェックのマフラーをした少年が嬉しそうに出て来た。
「おはよう、楓(かえで)」
「……さっさと乗れよ」
 楓と呼ばれた少年は、返事もせず相手の荷物をかごに入れた。
「今乗るからさ」
「……雪緒(ゆきお)」
「ん? なに?」
 自転車の後ろに跨り、楓の腰にしがみついたまま雪緒は大きな目で覗き込んだ。
「てかさ、何そのマフラー、真似すんなよ」
「え! ばれた!」
「バレたじゃねーよ、お揃いとかキモイんですけど」
「え! いいじゃん!」
「恥ずかしい、取れ」
「やだよ、だって、楓がしててかっこいいなーって思って買っちゃった。気に入ってるから外さないよ。楓も外すなよ」
「なんだよそれ」
「てかさ! さっさと出発してよー! 遅刻するよ!」
「うっせ」
 ギコギコギコギコ……。十八歳の二人を乗せた赤い古びた自転車の軋む音が、二人の時を刻むように響く。毎朝変わらない風景だった。学校までの道は田んぼが一面に広がり、山と土の湿った匂いが鼻をかする。行きかう人も変わらない。
楓が雪緒を迎えに来る……そんな光景がもう、十二年経とうとしていた。


縁側の障子の隙間から朝日が漏れ、そこを小さな駆け足が響き渡った。
「はやく、はやくっ」
 五歳の雪緒は廊下を走り、奥にある和室に飛び込むと祖父の寝る布団にもぐりこんだ。
「おじいちゃん、起きてよー」
 祖父の体は痩せていたがその体温は温かく、雪緒は祖父の背中にぴったりとくっつき、かさついた祖父の匂いを感じるとその背中に頬を寄せた。
「ゆきー、寒いのに元気だな」
 祖父はよっこいしょと起き上がると雪緒の頭を撫でた。その前髪には赤いピンがささっており、それを見ると祖父はふっと笑った。
「今日もピンをしてるんだな、また女の子に間違えられるぞ」
「ライダーのまね! ライダーだから女の子じゃないよ!」
 雪緒はピンをさし直し、得意げにお気に入りの戦隊番組の変身ポーズをして見せたが、大きく黒目がちな瞳と華奢な体つき、さらに赤いピンのせいでまるで女の子にしか見えなかった。
「早く神社に行こうよー」
「はいはい早く行くよ」
 祖父は嬉しそうに膝にしがみ付く雪緒の背中を軽く叩いた。雪緒は余程楽しみなのか、赤いダウンジャケットと白い耳あて、手袋までしている。
「いってらっしゃい」
雪緒は祖父と外に出ると、共働きの両親の乗る車に手を振った。
「おじいちゃん行こう、帰りに肉まん買うよね?」
「はい、はい」
雪緒は嬉しそうに祖父の手を引いて田んぼ道をスキップで進んで行く。
「山上(やまがみ)さん、おはようございます」
「おはようございます」
「ゆきちゃん、毎日おじいちゃんといいわねぇ」
「へへっ」
近所のおばさんに言われ、雪緒は恥ずかしそうに祖父の手を強く握り、大好きな祖父の顔を見上げた。
毎朝雪緒と祖父が裏山にある神社にお参りに行くのは、この町のなじみの光景になっていた。数年前までは祖父一人だけが通い、朽ち果てた神社で何をやっているのかなど噂もされたが、雪緒が付いてくるようになってから祖父を悪く言う人もいなくなった。山といってもほんの小さな山で名前はなく、ただ人々から裏山と呼ばれていた。
山の入り口には緩やかな石段があり、それにそって無数の鳥居が連なっている。石段の周りには苔がびっしりと生え、鳥居は朽ち果てており、根元が腐り今にも倒れそうなものもある。かつての鮮やかな朱色が残ったものは数えるほどしかない。山の湿った土の匂いと草木の匂いが寒さで滲みる鼻につく。雪緒は垂れてくる鼻水をすすると祖父の手を離し駆け足で石段を登り始めた。
「ゆき、すべるから気をつけるんだよ」
 祖父は微笑みながら元気の良い孫の背中を眺めた。石段にそって連なる鳥居の下には至る所に朱色の前掛けをした小さな山犬の像が置かれていた。
「おじいちゃん早く! お日様がきれいだよ」
 雪緒は飛び跳ねるように無邪気に石段を登り切り社の前で祖父に手招きをする。
「ゴホっゴホゴホっ」
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」
 雪緒は慌てて石段を下り祖父の側に駆け寄った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、むせただけだ、さすがにゆきの若さにはついていけないなぁ」
 祖父は笑って、不安な表情を浮かべる雪緒の頭を撫でると、小さな手をとって参殿に向かった。
「おじいちゃんの咳が治りますように」
 雪緒は祖父と鈴緒を掴み、大きく手を叩くとこう言った。
「こらこら、お願い事が丸聞こえだぞ」
「神様に聞こえるように言ったんだ」
 手を合わせたままじっと目を閉じる祖父の顔を雪緒は眺めた。祖父が何を祈っているのかは分からなかった。毎日険しく目を閉じ、乾いた薄い唇をぶつぶつ動かしている。朝日を浴びる短い白髪は透き通って光り、頭のてっぺんはいつも寝癖で乱れていた。
「おじいちゃん、おさい銭箱が……」
「ん? ああ、傾いちゃってるな」
 色褪せた小ぶりな賽銭箱は左の足に亀裂が入り、ぐらぐらと傾いていた。
「昨日は大丈夫だったのにね」
「ああ、もうここも古いからなぁ」
 祖父は幾らかさびしそうに拝殿を見上げた。何年前からだろうか、いつのまにかこの神社の境内に人はいなくなってしまった。それに合わせ年老いていくように神社は朽ちていき、鳥居の朱色は一気に褪せ始め、黙りこくってしまった拝殿は周りの生い茂る木々や苔とは対照的に、色が抜け埃とかびの臭いが漂い始めた。至る所にびっしりと置いてある小さな山犬の像も昔はもっと凛としていたはずである。今日は雲一つない晴天だというのに、射しこむ朝日もこの神社には届いていないようだった。
「おじいちゃんは何でここが好きなの?」
「……落ち着くんだ、小さい神社だけど昔はもっときれいで夏はお祭りもやってたんだよ」
「ふーん」
「おじいちゃんのお母さんもここが好きで、おじいちゃんが小さい頃よく一緒に行ったんだ……今のゆきとおじいちゃんみたいにね、今は古くなっちゃったかもしれないけど、おじいちゃんにとってここは思い出の場所なんだよ」
「へぇーっ!」
 雪緒は祖父の話に興奮したように目を丸くし肩を上げた。
「おじいちゃん、いいこと考えた!ゆきが大人になったらこの神社きれいに直すよ、そうすればおじいちゃんとずっとお参りできるよね」
「ははは、そうだね、大工さんは力がいるぞ、楽しみにしてるよ」
雪緒はあのねと言うと祖父の手を引いて境内にある、一際大きな山犬像の前に連れて行った
「ゆきはね、神社の中でこの犬が一番好きなの」
 高い台座に置かれている山犬の像は耳が鋭く尖り、大きく開いた口からは牙も見え、痩せた体はあばら骨が浮き出ていた。狛犬のように置かれているが、対はなく像はこの一体しかない。
「かっこいいし、顔が優しい」
 雪緒は台座に肘をつきうっとりと山犬の像を眺めた。
「本当だこの狛犬はきれいだね」
 他の山犬像と比べると石が白く苔も生えていない。獰猛な牙と爪をもっていたが顔つきは涼しげだった。
「あれ? 昨日置いたおまんじゅうがなくなってる!」
 雪緒は像の足元を覗き込むと思わず声を上げた。
「きっとこの犬が食べてくれたんだ!」
 雪緒は感激とばかりに目を輝かせ、山犬像と祖父の顔を何度も見上げた。
「ははははは、良かったね、さぁそろそろ戻ろうか」
「うん! あ、待って、今日はみかんを持ってきたんだ」
 雪緒はダウンジャケットのポケットから橙色の濃い小さなみかんを取り出すと、そっと山犬像の台座に置いてた。
「おじいちゃん、ゆきもお腹空いちゃった、肉まんね」
「はいはい」


「わぁー今日は寒いっ」
 雪緒は縁側から外を眺め、曇った窓ガラスを指でなぞった。空は灰色に濁っていて今にも雪が降りそうである。
「今日は長ぐつで行こ」
 そう呟くと雪緒はいつも通りの赤いヘアピンと赤いダウンジャケットで、駆け足で奥の祖父の部屋に飛び込んで行った。
「おじいちゃーん、起きてっ! 今日はぜったい雪が降るよーっ」
 いつも通り横向きで眠る祖父の布団の中に潜り込み、祖父の背中にぴったりとくっついた。
「ねぇ、昨日のみかん、なくなってるかなぁー」
 雪緒は嬉しそうに祖父の体に手を回し、ぎゅっと背中にしがみ付く。
「今日はさーおまんじゅうとみかん両方あげようと思うんだけど、二個食べてくれるかなぁー、ねぇおじいちゃん起きてよー、はやく神社行こうよ」
 なかなか起きない祖父に雪緒は起き上がって、横向きで眠る祖父の顔を覗き込んだ。
「おじい……っっ!!」
 祖父の顔は面のように表情はなく、薄目を開き半開きになった口はわずかに泡で汚れていた。
 塊のような、見たこともない祖父の顔に雪緒は腰を抜かした。
「おっおかぁあさんっっー!」
 雪緒の絶叫に母親は苛立ちながら部屋に入って来た。母親はすぐに顔色を変え今度は父親が駆けつけて来た。両親は慌ただしく電話を掛け、いつの間にか近所の人たちが家に集まっていた。
 雪緒は縁側の隅に座り、目を丸くしたまま慌ただしく流れる祖父の部屋を眺めていた。ダウンジャケットのポケットには皮の薄い小さなみかんとつぶれた栗まんじゅうが入っている。
「っっ!」
 けたたましいサイレン音が家の前で止まると、縁側は酷く揺れ、何名かの救急隊員が担架を持って流れ込むように祖父の部屋に入って行った。掛け声が聞こえると、担架に乗せられた祖父が運び出され、その後を携帯電話を握りしめた母親と荷物を抱えた父親が続いた。雪緒は立ち上がると、家に溢れる近所の大人たちをかき分け、救急車に乗り込む母親たちに掛けて行った。
「ゆきも行くっっ」
「雪緒は待ってなさいっっ!」
 救急車の中から叫ぶ母親に雪緒は一瞬立ち止まった。
「山口さん、雪緒をお願いします」
 雪緒の隣にはいつのまにか、昨日の朝あいさつをしたおばさんが立っており、雪緒の手をぎゅっと握りしめた。
「ゆきちゃん、いい子だからおばさんと待っていようね」
「…………」
 救急車が再びサイレンを鳴らし走り出すと、雪緒は握られた手を振り払い走り出した。
「ゆきちゃん、待ちなさいっ! どこに行くのっっ!」
 
「神様、お願いですっおじいちゃんを助けてくださいっ」
 雪緒は裏山の神社の壊れた賽銭箱の前に座り込み、必死で手を合わせ目を閉じた。雪緒の予想通り、濁った空からはちらほらと細かい雪が降り出し始めた。
“こらこら、お願い事が丸聞こえだぞ”
「……っ」
 昨日の祖父の言葉を思い出し、雪緒は胸の中で何十回も同じ願いを繰り返した。
 粒の大きくなった雪が頬にかすり、雪緒は目を開けて参殿を見た。いつも以上に暗くしんとした参殿は参拝するものなど関心がないようだった。しかも、雪緒の願いを拒否するように風は強く吹き始め、木々はざわめき、降り注ぐ雪は強くなるばかりだった。
「うっうううっううっ……っっ」
 雪緒は堪えていた涙を流し、ポケットから小さなみかんと潰れた栗まんじゅうを出した。みかんは祖父にこれが甘いと選んでもらったものだった、栗まんじゅうは祖父の好物で祖父の部屋からこっそり持ち出したものだった。祖父の匂いに似ており、雪緒はまんじゅうを鼻につけると声を上げて泣き始めた。
「おじいちゃん……っっおじいちゃんっっ!」
 死んでいた……。硬く、いつもより冷たかった体。固まった表情は息をしていなかった。お母さんは言わなかったが、きっと、おじいちゃんは死んでしまった。自分には分かった。
「ずっとお参りするって……っ約束したのにっ、 昨日まであんなに元気だったのに、今日だって一緒にお参りするはずだったのに……おじい、ちゃんっ大好き……っなのにっ」
 おじいちゃんのいない日なんて、どうしたらいいのか分らない。
「うわあぁぁーんっっ」
 雪はどんどん強くなり、賽銭箱の前でうずくまる雪緒の赤いダウンジャケットに積もり始める。雪緒は嗚咽を繰り返しながら真っ赤な目からとめどなく涙を溢れさせ、みかんと栗まんじゅうをぎゅっと握ると、顔を上げて山犬の像に目を向けた。
「……っみかんが……」
 そこには自分が昨日置いたはずのみかんがなくなっていた。だが……。
「そんな所で何やってるの? 風邪引くよ」
「っ!」
 急に呼びかけられた声に雪緒は肩をびくつかせ辺りを見回した。
「早くこっちにおいで」
 参殿の階段の脇で、自分と同じぐらいの年の少年が手招きをしている。
「……うん」
 雪緒は言われるがままに、参殿の脇まで掛けて行った。
「ほらね、ここなら雪は入ってこない」
 駆け寄ってきた雪緒に、少年は嬉しそうに綺麗な顔を笑わせた。
「う、うん……」
 見知らぬ少年は、雪緒のダウンに積もった雪を振り払い濡れた髪をタオルで拭きながら、雪緒の大きな目や小ぶりな鼻や唇をじっと眺めた。幼く愛らしい顔つきは涙で赤く腫れていたが、一面真っ白になる雪景色には良く映えた。
「あ……ありがと……」
「何で泣いてたの?」
「……っおっおじいちゃんがっ……っっ」
 何食わぬ顔で聞いてくる少年に雪緒はまたじわじわと涙を滲ませる。
「おじいちゃんが……死んじゃったんだ……っっ」
雪緒はまた顔を覆い泣き崩れ始めた。
「ごめん、泣かないで、ほら、肉まん食べる?」
 少年は苦笑しながら持っていた袋から肉まんを出した。
「……っう、うん」
 雪緒は涙を飲み込みながら、目の前に差し出された湯気の立つ肉まんを受け取った。
「ゆきの持ってるまんじゅうと交換ね」
「え……お、おれの名前知ってるの?」
「おれ? ゆきは女の子でしょ?」
 少年は雪緒の手から潰れたまんじゅうを取ると、紅く薄い唇を大きく開き一口で口の中に入れた。
「おれは男だよ、女の子によく間違えられるけど」
 雪緒は肉まんでまた祖父を思い出し、涙が溢れそうになると誤魔化すように肉まんにかじりついた。
「え……?」
 雪緒の言葉に少年はまんじゅうを頬張った喉を一瞬詰まらせた。
「………………」
 少年は雪緒をよそに、しばらく考えたあとぼそりと呟いた。
「……おじいちゃんがいなくなって、寂しい?」
「……うっうっ」
「まだ泣くの? ゆきがそんなに泣いたらおじいちゃん、悲しむよ」
「うっ……う、おれ、おかあさんもおとうさんも仕事がいそがしくて……おれ、ともだちもあんまりいなくて……おじいちゃんだけがいつも一緒にいてくれたんだ……っっだからっ……すごくさびしいよっ……」
 雪緒は泣くまいと、涙と一緒に頬張った肉まんを飲み込んだ。冷え切った鼻に肉まんの蒸された生地とあんの匂いが鼻に広がる。隣の少年が誰だか知らなかったが、柔らかい生地とタケノコの食感の残るどろっとした熱い肉のあんが、かじかんだ喉にゆっくりと通ってゆく。
「おれは白神 楓(しらかみ かえで)、ゆきの名前は?」
「山上雪緒……」
「雪緒っていうんだ、おれ最近この神社の裏に引っ越してきたんだ、雪緒も春から小学生?」
「うん、第二小学校」
「雪緒、おれと友だちになってよ」
「え?」
「雪緒がさびしくないように、おれが毎朝雪緒の家に迎えに行く。おれと毎日一緒に学校行こう。だからともだちになってよ」
「ほっ本当に!」
 雪緒は恥ずかしそうに目を丸くする。同い年のはずなのに自分よりも背が高く、大人びた楓に緊張と憧れを覚えた。楓の口にする友だちという言葉も同様に、特別な響きを持っているように思える。
「約束するよ」
「うんっ」
 涙で真っ赤に腫れた目を輝かせうなずく雪緒に、楓は美しい顔をほころばせた。雪は無音で降り積もり、小さな参殿にいる二人を囲うように辺り一面真っ白になっていった。
 

「おいっ、寝るなよ」
「あっ……なんか昔の夢見てた」
雪緒は額をつけていた楓の背中から顔を離し、楓の顔を見上げた。表情は分からなかったが、色白の肌、鼻筋の通った端正な顔つきと大人びた雰囲気は出会ったころから変わっていない。しがみ付く背中はどんどん大きくなってゆく。雪緒は学ランの上からでもはっきりと分かる楓の筋肉の硬さに、ぎゅっと手の力を強め、また頭を背中にもたれさせた。
「……っゴホっゴホっっ」
 キキキーッッッ!!!
「っっ!!」
 けたたましいブレーキ音を響かせ、楓は急に自転車を止めた。
「うっ……ゴホゴホっっ! ゴホゴホっゴホっっ! ぐっっ」
 楓は口元を押さえ激しく咳き込みはじめた。
「おっおい」
「ぐふっっ……ぐふっぐふっっ、うっ」
「おいっ楓! 大丈夫かよっ」
 雪緒は慌てて自転車から降りハンドルを掴んで楓を見た。
 楓はマフラーごと口元を押さえたまま真っ青な顔を背け、苦しそうに呼吸を繰り返す。
 ”ぐひゅーっ……ぐひゅー……ぐぐぐ……”
 ”ごふごふっ……ぐひゅーっ……”
「っっ!」
 それはただの咳でも呼吸でもなく、肺が悲鳴を上げているような異様な音だった。
「楓っ!」
「……うるさ、大丈夫だし、むせただけ、行くぞ」
「…………」
 楓は顔色を変えて心配する雪緒に舌打ちをし、ハンドルを握りなおした。
「ダメ! 俺がチャリこぐ、楓は後ろに乗ってろよ」
 雪緒はハンドルを掴むと、楓を追いやるように跨った。
「は? 雪緒の後ろなんて恥ずかしいんですけど」
 楓は雪緒からハンドルを奪い、強引にサドルに腰を下ろす。
「はぁっ!? 俺が頼りないって言うの?」
「見たまんまだろ」
 楓は雪緒の顔を見るとにやりと笑った。
「オマエ、一生俺の運転手なっ!」
 雪緒はこう言いながら楓の後ろに跨った。
「いいぜ、オマエが俺に車買って給料払ってくれるなら一生やるよ」
「楓の給料は栗まんじゅう一個なっ!」
 ギコギコギコギコ……。自転車の軋む音に紛れ二人のじゃれ合う声が学校まで続いた。


「あれ? 楓寝てるの?」
 昼休み。机はグループごとにくっつけられ、教室は昼食を広げた生徒たちで賑わっていた。取り分け話題になっているのは進路のことだった。
 雪緒は窓際の一番後ろの席で突っ伏している楓の前に座った。楓の机の上には未開封のハムエッグサンドが置いてあった。
「サンドイッチ食べないの?」
「ハラ減ってない……って」
 楓はだるそうに色白の顔を上げると急に鼻で笑った。
「何?」
「オマエ、なんちゅー食い方してんの?」
 雪緒は自分で握ってきたおにぎりを手に一つずつ持っており、交互に食べていた。
「たらこを食べながら昆布も食べたい」
「くれ」
 楓は雪緒の左手首を掴み、食べかけのたらこのおにぎりを頬張った。
「あ……」
「うまっ」
 そう言うとともに楓は貪るように雪緒のおにぎりに口をつけた。
「そ、そんなにおいしいかな」
 左手は親指についた米粒まで舐め取られ、右手の昆布の方まで喰いつき始める。
「うまいよ……」
一口頬張っては味わうように咀嚼し、こっちの様子など見向きもせず、音を立てて夢中で食べる。指には何度も歯が掠り、熱い舌も絡みつきまるで指まで食われそうだった。楓のこんな食べ方を見たのは初めてだった……楓のいつもの冷めた態度からは想像できない異様な姿に、雪緒は戸惑った。
「俺のなくなっちゃうー」
「これ食えよ」
 楓は昆布の方まで平らげるとサンドイッチを差し出した。
「じゃあ、いただきまーす! 楓、お腹すきすぎてただけなんじゃない?」
 異様な食べ方だったにせよ、朝から顔色の悪かった楓はみるみる血色が良くなり、雪緒は安堵してサンドイッチにかぶりついた。

「楓、お待たせ……帰ろう」
 放課後、雪緒は進路について担任と個人面談があった。終わると帰りを待つ楓のいる教室に駆けつけた。
 教室は夕日で橙色に染まり、楓は窓際の一番後ろの席で、昼休みと同じように突っ伏していた。
「楓……寝てるの?」
 覗き込むと、楓は手を重ね、その上に頭を乗せて眠っていた。色白で整った顔は夕日を浴び、小さな寝息が聞こえてくる。
「かえで……」
楓の寝顔を見るのは初めてかもしれない。小学校や中学の修学旅行でも、いつも自分が先に寝てしまう。あの裏山の神社で出会ってから、もうすぐ十二年経つ。楓は約束通り、毎朝家に迎えに来て、帰りもこうやって待っていてくれる。顔を合わせない日はない。十二年間ずっとだった。祖父が亡くなってから、楓の言った通り自分は一度も寂しい思いなどしたことない。
「友だちか……」
 雪緒はそう思いながら、腰を屈ませ顔をすっと楓に近づけた。楓の舌の感触と歯の掠った刺激が、指に熱く蘇ってくる。いつも嗅いでいるはずの楓の匂いに妙に鼓動が早くなった。口には甘い唾液が溢れ雪緒はぐっと唇を噛んだ。
「……ん?」
 急に楓の前髪が冷たい風になびき同時に土の湿った匂いが湧き上がる。
「っっ!」
 だが……雪緒は楓を見ると言葉を失った。
 美しい楓の寝顔を支える手は一瞬ヒトのモノではなくなっていた。


「はぁっはぁっはぁっはぁっ!」
 楓は走りながら赤い自転車を引き、ガタガタガタガタ音を立てながら裏山の石段を駆け上がる。途中小さな山犬像に車輪がぶつかり何度もバランスを崩しそうになった。朽ち果てた神社にたどり着いても止まることはなく、参殿の裏の茂みに進み、草木に覆われた一軒の古い民家の前で止まった。
「はぁっはぁっはぁっっ」
トタンで補修された壁沿いに自転車を停めようとスタンドを下げるが、足元が震え派手な音を立てて自転車は壁に倒れた。楓は構わず玄関のガラス引き戸に鍵を差し込むが、これも手が震えて上手く鍵穴に入らない。四回目でやっと鍵が開くと倒れ込むように中に入った。
「んぐっ……っはぁっ」
びちゃびちゃびちゃっ……っ。
 楓は口元を両手で押さえるが、指の隙間から水が流れるように唾液が溢れて止まらない。びちゃびちゃ音を立てて唾液が床に落ちてゆく。
 楓は止まらない唾液を漏らしたまま、制服を脱ぎ始めた。灰色に近い病的な白い肌に反して体は非常に筋肉質で極限まで脂肪がない。だがその鍛え上げられた体を情けなく屈めながら、全裸になった楓は襖を開け赤い布団に倒れ込んだ。
「はぁっはぁはぁぁっ」
 部屋は切れかかった電球が虚しく布団だけを照らす。楓は腹を抱え体を丸めた。
腹が減ってしょうがなかった。気が狂いそうなほどの飢餓感だった。昼に口にした雪緒の唾液にタガが外れ、自分でも滑稽だと思いつつも、雪緒の唾液の滲みた米に貪るのを止めることができなかった。体中があの味を求め暴走しそうになる。今だって、味を思い出しただけで唾液が滝のように溢れ、布団が浸ってゆく。それなのに……。
「くっ……っっ」
 胃が焼け散ってしまうほど、まともな思考も動きもできないほど空腹で足掻いているというのに、それなのに体中は火照り疼いている。胸にまで届きそうに勃起したペニスは濃い紅色に膨れ上がり、唾液同様に音を立てながら先走りがぶくぶく溢れ出る。
「くっ……ぅうっ」
 腰が痺れ太腿はわななき今にも射精してしまいそうだった。病みきった体に、ペニスだけが生気がみなぎっている。まるで残りわずかの力がすべてそこに集中しているようだった。
「はぁあぁっはぁっああぁ!」
 楓は顔を上げると震える体を四つん這いにさせた。赤い布団を掴む手はにゅるにゅると黒く鋭い爪が伸び、白い腕は枝分かれに血管が導線のように浮き出る。流れる血管を追うように真っ白な剛毛がびっしりと肌を覆い茂ってゆく。楓は美しい顔を歪ませ唾液の溢れる歯を食いしばりながら、まだ変容していない右手でペニスを握ろうとした。
「うっ……」
 だが刹那に黒い爪が一気に生え上がりそれを阻んだ。楓は舌打ちをし、転がっていた枕を股に挟んだ。
 黒く鋭い爪を梅の刺繍の入った赤い敷布団に食いこませ、滑稽にも枕にペニスを擦りつける。
「くはぁっ……っんはぁっはぁぁっ」
 腰と尻は厭らしく波のようにうねらせ、動きは早くなるばかりだった。赤紫色に膨れ上がった亀頭とカリ首を幾度となく白い枕に擦りつけ、カスカスカスカス擦れる音は絶え間なく響き、合わせて泡を吹いたように鈴口から先走りが漏れ出す。こんな滑稽で単純な刺激に狂ったように腰が反応する。楓は唾液を溢れさせる口を震えながら半開きにした。
「……っ雪緒っ…くぁっっ」
 我慢していたその名を口にすると快感が喉元まで突き刺さり、白い剛毛で覆われ始めた腰が跳ね上がった。
「雪緒っ……雪緒っ……っ」
 口の中は再び雪緒の味を思い出すように熱い唾液が舌を溶かすように溢れ出る。擦り合わせるペニスはさらに奮起し、ぬるぬると先走りに滴る亀頭が更に膨張する。楓は枕を押さえつけさらに腰を激しく振り乱した。
「ああぁぁっああぁっ」
 雪緒を喰いたい! 歯も舌も喉も雪緒の味を思い切りすすり、血肉にしたい!
「ううっっ……ううっっ」
 そのどうしようもない醜い欲望と同時に、雪緒と交わりたいという愚劣な欲望も限界に近づいている……。骨の髄まで響く快感に楓は唇をぎゅっと噛み、同時に真っ赤に充血する鋭い目に大粒の涙を浮かばせた。
「っうぐっっ!!」
 楓が声を上げると赤紫色に膨れ上がった巨大なペニスは腹を叩き、勢いよく精液が噴き出す。熱い精液は目の前の壁に大量に噴きかかり、布団や枕も一瞬にして白濁の粘液で覆われる。赤紫色のペニスはわななきながら、亀頭は何かを訴えるように鈴口をバクバクと開かせ、そのたびに蛇口をひねるが如く精液が流れ出し、遂には天井にまで噴き荒れた。
「……っくっ……そっ」
 楓は獣化した手で必死にペニスを押さえるが、射精は止まることなく楓の顔にまで飛散する。おまけに天井に噴き届いた精液がぽたぽたと雨のように降り注いでくる。梅の刺繍の入った赤い布団は白濁の精液で滴り、水たまりのように深くなっていった。
「…………」
 楓は呆然と自分の精液を浴びながら窓に映る自分の姿を見た。ペニスは明らかに巨大化しており色は異常に赤く形も変わっている。両腕はもうヒトのそれじゃない。気づけば長い尾まで生えていた。……こんな姿を雪緒が見たらどう思うのだろうか?
「…………」
びちゃびちゃと精液の溢れる音がぴたりと止んだ。くぱくぱ口を開いていた鈴口も黙り、嘘のように精液が引いてゆく。だが、今度は腹の中が熱く燃えるように暴れ出し、喉奥に幾本もの長い毛が絡みつくように苦しくなる。
「うっぐっゴホゴホっっ! ゴホゴホっゴホっっ! ぐっっふっっ」
 楓は激しく咳き込み鋭い爪の目立つ指で喉元を押さえる。体は異常な寒気を感じガクガク震え、額には脂汗が流れ出た。
 ”ぐひゅーっ……ぐひゅー……ぐぐぐ……”
 ”ごふごふっ……ぐひゅーっ……”
 異様な音が肺から響き、楓は真っ青な顔に目を見開いた。
「うぐっっっ! ぐああぁぁっっ!」
 絶叫に近いうめき声と同時に楓は大量の血反吐を噴き出した。精液の垂れた壁は刹那に黒々しい血潮にまみれる。楓は色のなくなった唇を血で汚しながらその場に倒れた。
「…………」
 変容していた腕や尾が引いていくのが分かった。息をするごとに布団に滴る自分の精液がぶくぶくと口に入り込み、目に入る精液で視界がぼやけるが瞬きすらする力などない。視界に映る玄関にはさっき脱ぎ捨てた制服が見え、そこには赤いチェックのマフラーもあった。
 今日の朝見た、自分のマフラーを真似して恥ずかしそうにおどける雪緒の姿が浮かんでくる。
「うぐっっうう……っ」
 呼吸すら辛いというのに、目頭は熱くなり涙が溢れてくる。体がもう持たない……呪いがもうすぐそこまで迫っている。
『お前を人間にしてやる代わりに約束しろ……十二年の間にあの娘と契って孕ませるか、娘を食って血肉にしろ……さもなければお前は本来の姿をさらけ出し血潮を噴いて死ぬだけだ』
 神の言葉通り、もう約束の十二年が経ってしまう。雪緒に本当の姿をさらす前に、きっと自分は死ぬだろう。


つづきは同人誌「人狼」でお楽しみいただけます。
関連記事
お久しぶりです | Home | (R18/先生×生徒/妊娠/自慰/玩具/体格差)「禁断の果実」

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する